キシロカインといえば代表的な局所麻酔薬ですが、おなじキシロカインでも何種類かの製品があって、手術や目的によって使い分けがなされています。
キシロカイン Xylocaine というのは商品名で、薬品名としては塩酸リドカインと言います。
(医薬品添付文書より)
いちばん基本的な局所麻酔用キシロカイン製剤は、「1%キシロカイン」でしょうか。ふつう、キシロカインといったらコレを指す場合が多いと思います。樹脂でできたポリアンプルに入っていて、このタイプのポリアンプルは、シリンジの先端が直接ささるようになっているので、吸い上げのための18G注射針は不要です。
◆ エピネフリン添加のキシロカイン
おなじ1%濃度のキシロカインでも、別に1%Eキシロカインというタイプが存在するので要注意です。このEというのが付くと、エピネフリンを添加してますよという意味(パッケージの表示ではエピレナミンと書かれていますが、エピネフリンのことです)。エピネフリン ―― これは臨床的にもとても重要な薬なので、学生時代の薬理学でも必ず勉強したはずです。覚えてますか?
エピネフリンと聞いてピンとこなかった人でも、ボスミンと言ったらどうでしょう? ボスミンというのはエピネフリン製剤の商品名なのですが、テレビドラマなどの救急蘇生場面でよく「ボスミン1A静注!」なんて叫んでいるのを聞いたことあるかと思います。また別称アドレナリンという言い方もあります。ここまで言えばわかるかな。
男性のためのにきび治療
エピネフリン(ボスミン)にはいろいろな使われ方があるのですが、一般的には静注で強心剤として使われることが多い薬です。救急蘇生時の国際標準プロトコルACLSでも、心停止時に使われる第一選択薬としてあげられているくらいです。(ボスミンは診療科に限らず看護婦なら絶対に知っているべき非常に重要な薬なので、自信がなかったら治療薬マニュアル等で薬理効果を復習しておいてくださいね)
エピネフリンを静脈に注射した場合、心臓に直接作用して拍動を強める働きと、もうひとつは末梢血管に作用して血圧を上昇させる働きがあるのですが、この後者、血圧を上昇させるというのが、今回のポイントです。
学生時代に生理学などで勉強したと 思いますが、血圧の変化というのは血管抵抗とも大きく関係しています。要は血管が開いているとき(拡がっているとき)は血圧が下がって、血管が締まっているときは血圧が上がるという話なのですが、このあたりの理解は大丈夫でしょうか?
よく言われるたとえ話ですが、庭の水まきをするとき細いホースと太いホース、二本あったとしたら、細いホースのほうが遠くに水を飛ばすことができますよね。別の言い方をすれば、水を遠くに飛ばしたいときはホースの口をつまんで細くしたりするでしょ? つまりホース(血管)が細い方が水圧(血圧)が高くなるということ。
ここでエピネフリンの話に戻りますが、エピネフリンが血圧を上昇させる働きがあるというのは、つまり、末梢血管をギュッと締めさせる作用があるんです� ��
これを静脈注射などで入れると全身に作用することになりますが、局所に皮下注などした場合は、その注射した部分にのみ作用することになります。つまり注射した場所の毛細血管がギュッと細くなるんですね。
肘の内側の部分に痛み
ここでようやくエピネフリン入りキシロカインの話に戻ります。キシロカインにエピネフリンが混ぜてあると、注射した部分の毛細血管が細くなるので、麻酔薬の拡散が遅くなって、麻酔作用時間が延長するんです。つまり少ない量でしっかりと麻酔を効かせたいときには、エピネフリン入りのキシロカインが選択されます。
それじゃすべての局麻用キシロカインにエピネフリンを入れたらいいじゃん、という気もしますが、実は場合によってはエピネフリンが入っていたら困る場合というもあるんです。
医薬品添付文書には[禁忌項目]のひとつとして次のように書かれています。
『耳、指趾又は陰茎の麻酔を目的とする患者(壊死状態に� �るおそれがある)』
「耳、手足の指、陰茎に注射をしてはいけませんよ」ということなのですが、どういうことかというと、耳、指、陰茎などもともと血管が乏しい部分にエピネフリンを注射をすると末梢血管がギュッと細く締まるために、そこから先の血流が途絶えて組織が壊死する可能性があるということなんです。
こういう部分の小手術(例えば包茎の手術とかね)では、エピネフリンが入っていないタイプのふつうのキシロカインを使うのが原則です。
このように局所麻酔用キシロカインは、エピネフリン入りとそうでないタイプで使い分ける必要がありますので、術前にピストンに薬液を吸うときは必ず医師に確認をすることが重要です。さらに注射用ピストンをDr.に渡すときは、「1プロ キシロカイン、Eなしです」などと、しっかりと再確認することも大切。
(余談ですけど、ドラマERなどでも出てくるの"プロ"という表現、これはパーセントのことです。percent のドイツ語読みがプロツェントなので、その略です)
酢と咳
◆ 全身麻酔なのに局麻注射をするのはなぜ?
全身麻酔で行なう手術であっても、執刀前に手術部位に局所麻酔薬を打つ場合がありますが、なぜだか考えたことありますか?例えば先日書いた婦人科の膣式手術のときも、生理食塩水で倍希釈にした0.5%Eキシロカインを膣粘膜に局注します。耳鼻科の鼻内手術や、形成外科の手術でもかなりの確率で全麻なのに局麻注射をすると思います。
全身麻酔で痛みは感じないはずなのに、なぜ局麻注射をするのか? これは実はキシロカインの鎮痛効果ではなく、添加されているエピネフリンの血管収縮効果を期待してのことなんです。血管が収縮する=出血が押えられる、これが全麻であってもキシロカインEを局注する目的です。
必要なのはボスミン(エピネフリ� �)だけで、実はキシロカインはあまり必要ではありません(鎮痛効果も期待する場合もありますが)。ただ20万倍希釈とか30万倍希釈ボスミン液を作るのがめんどうくさいので、もともと10万倍希釈されたボスミンが含まれるエピネフリン添加のキシロカイン製剤を利用する場合が多くなっています。こういうときに使う局麻のことを「20万倍ボスミン液」とか「30万倍ボスミン液」という言い方をするのは、そういう理由なんですね。
たまにキシロカインにアレルギー反応を示す人がいます。そういう場合はキシロカイン入りのエピネフリン製剤は使わず、アンプルに入ったボスミン原液を希釈して20万倍なり30万倍ボスミン液を作ります。でも大量に薄めなければならないのでちょっと面倒なんですよね。
いくら局注で使うとは� �え、ボスミンの原液を注射してしまうと全身に作用してたいへんなことになります。例えば蜂に刺されたときのアナフィラキシーショックに対して、ボスミンを0.3mg程度筋注したりします。これによって、気道閉塞や低血圧といったショック症状が緩和されますが、健常な人にこれをやったら、血圧ががくんと上がって、心臓バクバク。たいへんな状態になります。
30万倍などに薄めていても、血管内に直接入ってしまった場合や、患者の体質によっては全身症状が現れる場合もあります。術者がボスミンを局注するときに麻酔科医に「ボスミン打ちます」と声をかけるのはそのためです。
ボスミン原液から作る場合は、濃度を間違える危険があるので、安全のためにも最初から希釈された10万倍ボスミン添加のキシロカインを使うのが慣例化しているんだと思います。
◆ その他のキシロカイン製剤 キシロカインゼリー等
ここでは局所麻酔注射用のキシロカインの話をしてきましたが、実はキシロカインには実に様々な種類があります。同じ局所麻酔用でも主に粘膜からの浸潤麻酔を狙ったキシロカインゼリーや、100ccのボトルに入った4%キシロカイン液があります。キシロカインゼリーは膀胱鏡検査や尿道へのバルーンカテーテル挿入のとき潤滑剤を兼ねて使われることがあります。ただ最近ではキシロカインショックの可能性が否定できないことから、バルーンカテーテル挿入には薬効を含まないただの潤滑ゼリー「K−Yゼリー」を使うことが多くなっています。4%キシロカイン液は、うちでは経鼻挿管やエアウェイを入れる場合に使ってます。その他キシロカインビ� �カスなんていうモノもありますし。(これらはなぜか医師の処方が要らない薬になっています。ショックの危険もあるのに不思議。)
あと忘れてはいけないのは、静脈注射用キシロカインです。これは抗不整脈薬。基本的にナースが扱う薬ではありません。局麻用キシロカインは看護師にとっては日常的なものですが、キシロカインと言われたら静注用の別のアンプル薬があるということは知っておく必要があります。(実際両者を取り違えたという事故が複数報告されています。)
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